[当事者研究]というものを体験してみました!

想いや共感したもの

OPENBASEを細々やりつつ、イクミナルという団体にも属しています。
(オンラインでの全国交流会や不登校理解セミナーなどを行っています。)

オンラインということもあり、ミーティングも場所と時間を選ばないせいか、夜な夜なやっていたりします。

そのなかで今日は「当事者研究」というものを体験してみました。

当事者研究とは

私も漠然としか理解しておらず、オープンダイアログなどとの違いも明確にはわかりません。
ただ活動しているなかで、支援者にも行政にも「ほんとのニーズ」が伝わらない困りごとを抱えたマイノリティはどこに相談したらいいのか、というもやもやは募っており、「当事者研究」というワードに惹かれた部分はあるかと思います。

相談先が機能しないと結局「当事者自身」が解決するしかなくなる。でも当事者は悩み・困りごとの渦中にいます。でも一番のニーズは当事者自身が知っていて…。

専門的対処が必要な部分は別として、ケースもエピソードも一番持っているのは当事者であり、それをどう活用していくのか興味がありました。

当事者研究の参加者になってみる

小規模ではありますが今回当事者研究を体験してみました。
今回はトラウマレベルのトピックは出さずにもやもや程度のトピックを中心に。

比較的、自分で整理が得意なタイプではあるのですが、「ひとに説明する」という手間を挟むことで、もやもやを具体的に言語化するという手順を踏むことになります。

整理されていると思っていたものの根源が別のところだったことに、自分の使う言葉や、参加者の「質問」のかたちで気づいたり。
もやもや、という固まりが、これとコレ!と個別に名のつくものに分解される感じです。
なにがイヤだったのか、問題だったのか、より「他人にアドバイスされる」のではなく自分で客観視できる感じがします

支援者の支援がいやな理由

当事者研究にはいくつかルールがあるそうなのですが、具体的なところは実際に体験してみてください。
不登校に限らず「支援」は、リアルがわからない支援者が上から目線でアドバイスするタイプの支援者に出会うことが結構多いです。
その点は当事者研究ではよく考えられていて、質問や先行事例というかたちで意見をいうことはOKでも、アドバイス・コンサルのような上下の関係になってしまうような発言はしないようにルールがあるようです。

当事者研究体験の感想

モヤモヤが具体的になることで、対処すべきことの一歩が見えてくるなと思いました。
困りごとは生活の中なので、大きなアドバイスや、環境の変化についてコンサルティングされても対応しきれません。

生活の延長上で、解決にいずれはたどり着く一手として何をすればいいかが見える。
そんな日常使いの「課題整理法」といったイメージを持ちました。
(あくまで個人の感想です。当事者研究の定義自体は専門書とかを読んでみてください)

かたちが掴めなくて苦しい「もやもや」を外在化する。
自己解決力のある人でも、よりクリアに問題を客観視できる。

ファシリテーターのスキルによっては、トラウマ的なものも応用できるかなと思いました。
愚痴を言いたいわけではない、アドバイスが欲しいわけではない。
でも苦しい、もやもやする、解決法がわからない。

そういった「漠然」を何人かで言葉として外に出すことで「可視化」する。
見える、ことで怖さや不安が和らぐ。方向が見える。

そういった印象を抱きました。
本当のトラウマ的なエピソードで研究したら、また別の感想を持つのかもしれませんが、「支援」ではなく「当事者研究」。
当初の医療寄りというイメージよりも、ルールのある対話に近い。
もう少し深く体験してみたいなと思った方法でした。

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