追い込まれたものでなければ、引きこもりは「自分の熟成期間」

大人になると様々な責任が生じます。

歴史的には、教育の権利が与えられたことは、学校に通えることで、児童労働を避ける一助にはなったのかもしれません。

でも、人間と同じように、社会も成長・変化していきます。
現代は、「社会での学び」から学校が遠くなってしまったし、核家族化によって地域での学びも意識的にしないとなかなか出会うこともありません。

地域や、社会の動きが、「地域でこどもを育てて」いた時代に回帰している流れはありますが、やはり同じところに戻るのはなく、現代なりのやり方が必要になります。

おそらく、今はその過渡期で、多少多様な学び・不登校などが市民権を得てきたとはいえ、まだまだ固定観念がつよい分野だと思います。

引きこもりもまたひとつ。

不登校→引きこもり、という既成概念が強い方が多いのか、ニュースでも問題視されたりしますが、回りの不登校はのびのびしています。

出ていい場所がないから、家にこもっているだけ。
40代引きこもり、とか大人の引きこもりは、まだ別の対策が必要となる問題ですが、小・中の引きこもりは、まず「行っていい」という場所がないことが原因の場合も多くあったりします。

なので、OPENBASEは居場所、として始まったのですが、社会の、また当事者自身の、当事者の保護者の、「不登校」のイメージが変わっていかないと居場所があるということが活きてこないなということを最近感じています。

各視点から、今後いろいろな活動をしていく予定ですが、「支援」したいのではなく「選択できる」ことを知ってほしいというのがメインです。

そして、小・中は選択肢があまりにも少ない。習い事だって塾だってあるじゃない、と思うかもしれませんが、それは今まで「普通」とされてきた進路の中での多様性。

そして、学校に合わない、学校に行っているけど苦しい(’苦登校’というらしいです)子は、未就労年齢であれば、家・学校の2択のうち、家しか残らないのだから、引きこもってしまうほかない。

引きこもり支援、と本人や家庭に原因を求めるけれど、社会に起因するのに。でも、社会が変わるには時間がかかります。

居場所がない地域も全国にあるし、必ずしも想いがあうひとばかりが居場所活動をしているとも限らない。

そうなると、家にいるしかない。でも、少なくとも罪悪感は感じないように。それでももし罪悪感を感じるなら、「大人になったらいっぱい社会に役立つことするからいいもん」って思って今いろんな体験をすることに打ち込めばいい。

体験は、アウトドアじゃなきゃいけない、ってわけでもない。ひたすら、城をネットリサーチする歴史好きだって、アニメをすべて網羅する動画三昧だってかまわない。

大人になったら、そればかりはできない。それは生活していかなきゃならないから。本当は大人も没頭する時間と余裕があったら、社会にもっといいものが生まれるとは思うけど。

こども時代、守られて引きこもれる「時間」を無駄にしない。それだけでいいと思う。必ず没頭したことは、将来につながっていくから。

今、ビジネスの世界は、ユーチューバーやブロガーも含めて、個人サイズでやれることが増えてきている。そんな新時代に大人になる子どもたち。

イベントや講座であふれているネット上。お金はあまり追い求めないけど、参加者を集めるのに力を入れている。参加者としては、あまりお金はかからない、でも時間を価値あるものにかけるかどうかは、Time is money.で結局はコスト意識を持たないとだめなんだと思う。

ただだからといって、なんにでも参加しても、時間ばかりが奪われるだけで、結局何にも身にならないこともある。

今ひきこもるなら、自分を発見したり、自分の特性を極めたり、お金で換算したら、とても大きな価値のある時間を「自由」に使っていいのだから、そしてそれはお金を自由に使うのと違って、自分が熟成されていくのだから、有効に使って。

そして、自分が「選択」できる年齢や時期になったときに活かせるような、そんな引きこもり生活をしたらいいと思う。

ほんとは、もっと小・中の年齢に、学校やフリースクール以外の選択肢が、学校行っている行っていないにかかわらず、全子供にあれば、それでいいのだけど。

 

20日は不登校勉強会(@八戸総合教育センター)です。10時半より、6月に開催された不登校理解セミナー(不登校のタイプ別対応)をもとに勉強会を行います。

当事者・教育者でもどなたでも。事前にご連絡ください。openbas8nohe@gmail.com

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