OPENBASEができたわけを振り返る~居場所活動だけにできない理由~

きかれる機会が増えたので改めて考えてみる

最近、新しく知り合うかたが増えて(いまだクラファンの表示もついている)名刺をお渡ししながら聞かれることがあります。

どうしてこういう活動を始めたんですか?

ということ。

それは、単純に行ったら公・民どちらも理解のある相談機関や必要な居場所がなかったから作らざるを得なかったというのがまずひとつです。

設立当初から、選択のひとつという観点だったので、「不登校」という名前も付けたくなった。そのため、ブログ・HPからは早々にはずしました。一方で、悩んで検索してくださる方たちはやはり「不登校 〇〇 」というキーワードでたどり着いてきてくださるので、ある程度投稿やイベントには”不登校”の文字を使わざるを得ません。

そして、もうひとつ「支援」というかたちにしたくなかった。団体として運営するには、支援分野として助成金などで拡大して、安定してから自分たちのやりたい方に、そのほうが計画性があるのかもしれません。

でも、その間、関わるこどもたちは「支援」として扱われる団体の参加になるし、自己満足の部分もあるのかもしれないけれど、「支援」ではなく「選択肢のひとつ」というスタンスを守っていきたかったのです。持ち出しで活動することになるので、極力費用が掛からない方法を模索したり、ご協力いただいたり、クラウドファンディングを活用させていただいたり。
それでもまだまだ安定もしていません。もっと多くの参加者も受け入れられればいいのにという葛藤もあります。

目的はたくさんの参加者が参加できることではない

塾のように、ばんばん人を集めることは当初からしていなかった気がします。
最初は今のように言語化できないままに想いだけで進んでいたこともあり、最近になってどうしてこの方法だったのか、と自分で説明できるようになってきています。

確かに、学校を選ばない子・学校に行けない子が「来れる居場所を」をいうのは現実としての目的です。
でも、そこを拡大することが団体の目的か?というと違うと思っています。
現状、参加するところがない親・子に向けての周知という意味で広げる活動は必要です。

でも、日中に学校以外に行くという選択が「普通」になったら必要ない場所なわけで、本来はこういう活動が必要なくなる社会がベストなはずと思っています。

 




 

居場所があっても社会が変わらなければ、親がずっと守ってはあげられない

比較的はやく、多様な学びの選択肢を知っていた我が家では「不登校に悩む」という時期は、人に比べると短かったかもしれません。

それでも、社会や学校との認識の差は至るところで出会うことになり、ひとつひとつの行事、ひとつひとつの会話がものすごいエネルギーを持っていかれるものでした。

ホームスクーラーとして家で勉強する。高認というものがある。通信制高校がある。
こどもが低学年であればあるほど、その情報量は親にかかってきます。親が元気だからこそ、不登校の将来を見据えて動ける。学校からの登校刺激にも対処してあげられる。

これがもし、親が対応できない環境になったら(または親が対応できる環境ではない苦登校の子も含む)「普通」と呼ばれる社会に無理やりでも引っ張っていかれてしまう。それでどうにかやって強くなっていく子もいるでしょう。

でも学校いかない=弱いから、でもないのです。それに学校の時代が終われば、当然社会に出る。
よく「不登校は社会にでてからやっていけないよ」と世間に指摘されることが多いですが、学校の延長戦上のような社会、学校に感覚的に「否」を唱えているこどもたちが心地よい場でないことは予想がつきます。

もちろん、社会は甘くない。人生も甘くない。
でも、学校をきちんと経て、甘くない社会で過ごしてきた人も「鬱」や「ハラスメント」で苦しむ。
どう生きてきても全員苦しむための社会なら、すでに機能不全ではないでしょうか。

だから、こどもたちのためにも大人である自分たちのためにも「社会」の視点を(社会を変えるのは難しいけれど)少しでも変えられないかという活動を多く含んでしまっていたのが今までのOPENBASEの活動かと思っています。

 

今まで主催・共催したイベントなどはこんなもの

まず最初にやったのは、グローバル体験イベント
地域のお寺さんで?(笑)中東料理・文化イベントを共催しました。

お寺と中東、という不思議な組み合わせのもと、
・入国体験(英語で)
・中東雑貨販売
・都内中東料理店のシェフに来てもらい何品か作ってもらいました
・そしてシェフの中東の旅体験のおはなし
・ベリーダンス
・パレスチナとのテレビ電話

思ったより、大人メンバーも多かったですが、全く宗教からなにから違うことを体験してもらうことで、学校行く行かない、そのほかでも「違い」に対する考えをもっとグローバル視点に、という目的でのイベントでした!

次に開催したのが、よっぴー&まりんさんの講演会。

〇〇ゼミのCMで、「6年間でできたわからないことを3ヵ月で解消できる」ってあるんですが、それは言ってもいいのでしょうか、と思っていました。

だって、だったら5年と9カ月、他の学びに充てればいいのに、と。
まさしく、よっぴー&まりんさんの話は短期間で大学に必要な分の勉強をしてしまう話で、不登校は認めていても、まわりにロールモデルがいないと将来の不安に負けてしまう、というところもあり、講演会でロールモデルを知ること、を目的としました。

その後細々やりつつ、大人が生徒に、小6男子が先生のスクラッチ講座など(先生=大人の枠をはずし)開催しつつ、「中高生といろいろあったけど今が一番たのしい大人の会」を開催。

オトナが過去の失敗を振り返り、中高生と語らう会です。
成功事例だけが、学校の講演会なんかに呼ばれてそれしか知らずに挫折したら苦しくなってしまう。
失敗から学ぶことが多いということを大人は再確認、大人の失敗談を聞くことで、中高生は挑戦することにもっとアクティブになれるのではないかなと思います。
不登校を体験した中高生の言葉は、失敗してない大人の言葉より思慮深く、失敗や挫折をすべて「支援」で賄いたくないという想いを体現してくれてるかのようで、経験=財産である、マイノリティや「~ない」ことは逆をかえせば強みである、ということが伝わってくれた子がいたらなと思っています。

今は、学校や先生がVS(敵対するもの)ではなく、
こども・学びのために得意分野を活かして「協同」できたら、学びの可能性も選択肢の可能性もどっちも広がるのではないかなとPTM(ホゴシャとセンセイの学び合い)の会を開催しています。
(オンライン・リアル会場両方)

社会からこどもを守るより、こどもが出ても大丈夫な社会に変えていく。
小さい任意団体でもゼロは0.00000001にはなると思って活動しています。


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