不登校対応に一番大事なこと。

特に主導してなにかをすることが別に好きではない自分が、不登校の居場所活動を始めて数年。

・こどもに変われというのは大人の勝手

・対話のできない教育機関・公的機関

・絶対数が少ないので理解される機会がない

不登校だから、社会に出たときに大丈夫なようにいろんな資格を、いろんな経験を。そう考えたことがなかったわけではないですが、途中からなにかおかしい気がしてきました。

こどもを変えるべきなのか?大人の理想とする社会に合わせて?

そこが苦しいと声を(言語化できない声)あげたこどもたちに?

オトナがやることは社会に出て困らないようにすること?確かにその部分はあります。最低限の計算とか、交流の仕方とか。
でも、その部分は学校に行っている行っていない、関係ない。むしろ、学校の外で過ごすこどもたちの方が異年齢交流や、家事、周りの偏見との対応の仕方、実体験から学んでるではないかと思います。

そしたら、大人ができることって、「社会の側」を変えることじゃない?と思い、不登校と関係なさそうなこともたくさんやってきました。
なぜなら、不登校以外のマイノリティに関する環境も同じであり、不登校解決したところでマイノリティが苦しい社会というのは変わりないからです。

社会に出たとき困る。不登校解決しても、社会がこのままじゃ困る、という意味の困るです。




別に起業家でもないし、何かに成功した人材でもないのに社会を変えるとか。大きく考えているわけではありません。ただ、やらなければゼロ、何かすれば1㎜くらいは変わる。
じゃあ、やれることやりましょう。そんなこと考えて進めてきています。もしかしたらムダなのかも。でも1mmでも前進。

この活動をしていくうちに、同じ環境の方と関わることが多くなりました。それも全国の範囲で。

そうすると、少しずつ見えてきます。深い悩みの時期もあります。苦しい時期もあります。それでも、ある程度不登校を拗らせずに進む家庭の特徴が。

ものすごく「今」をつかむのがうまい

のです。こどもの「いま」をとらえるスキルが高い。

明日か必ず行く。4月から行く。そういう言葉に一喜一憂する時期もあります。でも、その言葉、こどもの本心でしょうか。挑戦せねばならぬ、頑張るのが大事。新学期は心機一転。

もちろん、高校など自分で決めた進学なら、4月なので頑張っていこう!という目標設定は必要でしょう。でもそれはあくまでこども自身が決めること。

小中の「明日絶対いく」は、親や社会や、学校や、「普通」がそうするべき、と言っているという無言の圧力からの「絶対いく」。

そして、行けないと罪悪感や無力感、自己否定感を抱いてしまう。積み重なる。なんども挑戦する。でも行けない。嘘をついている気分になる。ほんとに行かなきゃって思っているのに。また行けなかった。ごめんなさい。また行くって言っても、どうせまた行けないと思って信じてくれないよね。

そんな子どもたちの声が聞こえてくる気がします。

SEKAI NO OWARIの「銀河街の悪夢」という曲。不登校の曲というわけではない(ボーカルの深瀬さんも行っていない時期もあったそうですが)し、投薬という難しい問題も絡んでくるのですが、「挑戦したい気持ちとついてこないからだとこころ」みたいなところは、不登校であれ、鬱などの病気であれ共通のところだと思います。

歌の後半に「明日を夢見るから今が変わらないんだ」という歌詞があります。
夢を見ることがダメなわけじゃないけれど、明日から頑張ろう、そして頑張れなかった明日にまた後悔してしまう、それが繰り返されてしまう。

まわりを見回すと、この「いま」のつかみどころがうまい(うまくなったご家庭)が多いのです。
「今日行けそう」
っていうところを、学校としたら急なの迷惑かな、とそれも考えます。そして、今日仕事あったのに、そちらも優先します。「今日行けそう」が本気じゃなかったら。
でも、本気の「いま」は見逃さず優先する。
そして、それが積み重なる。こどもも自己肯定感をすこーーーしずつ積み重ねていく。そして、いろんなことに挑戦しだす。

行き渋りのときも、今日は〇〇があるから行ってみよう、とか進学大変だから行ったほうがいいよ、正解を見つけようと、そう声掛けする時期もあります。

でも、今子どもらしい全く輝きのない顔をしているのに?? 今苦しんでいるのに将来?って、親も自問自答しているうちに、いまをないがしろにして何のための「将来」だろうと思うように。

結局、いま振り返って思うのは、挑戦するときも、行かなくなりはじめも大事なことは「こどものいまをキャッチすること」だと思います。

必然的に、「いま」を見逃さないスキルが親にはつき、こどもはいつも見守ってくれる安心感・信頼感をもつことができる。

不登校から次のステップにいく家庭には、そんなところが共通しているなと思っています。少し団体の先を見すぎて、家庭の「いま」をわすれがちだったので、令和時代は少しスローダウンして生活を大事にしながらの活動としようと思います。

次回は、26日すぎのこさんにて。今回午前のみです!

6月にはこちらにも参加します。不登校もその他マイノリティも住みよい社会に。支援で終わらないダイバーシティを目指して。
世界と未来をつなぐHachinoheダイバーシティ計画