大人のオープンベース11月版を開催しました。

大人向けは久々の開催

多くの任意団体の例にもれず、いろんなこと開催するのにマンパワーや資金力などがないので、しばらく開催する余力のなかったおとな向けですが、久しぶりに開催しました。

今後は無理のない範囲で、月に1回程度開催する予定です。

こども向けの居場所は大事は大事なんですけどね。
「出れない」状態になった子に直には情報や想いって届かないんですよね。
他のことなら、困っている個人に届けばいいのですが、どうしても不登校って「家庭を経由してのこども」もしくは「学校を経由してのこども」になってしまうので、親の理解・学校の理解がまず第1段階になってしまいます。

内容は詳細は書きませんが、学校との対応、教材のこと、勉強のこと、ゲームのこと、ネットのこと、こどもとの会話のこと、たくさん出ました。(あるあるテーマたいてい全部出ました!密度が濃い(笑))



期間を空けたことでよかった点

余力がなくてできなかったことは変わりないのですが、思わぬ利点はありました。
開催していない間に様々な機関、人と関わることにより、当事者性からより全体的な関係性が見えるようになったことです。

なぜこういった対応が起こるのか。
なぜこの機関はこう動くのか。

それぞれの正義、制度があって、それぞれは正しいと思ってやっていることでも縦断している場合には、それを押し通すだけでは物事は解決しません。どんな分野も。

不登校ひとつとっても、休み始めたら「発達障害」を疑い、適応教室に通うためだけでもいろんな検査を必要とする。もちろん、特性を知り理解することで、こどもの学びづらさを解消することもあるのでそれ自体を否定しているのではなく、短絡的な解釈、対応しかされていない、連携されていない各機関の様子が明確に見えてきたことが収穫ではありました。




プロとしての専門機関としてのプライドと責任をもって

不登校に限らずです。
様々な困りごとで相談窓口に行って、正しく解決の方向にいくのは稀です。特に現代ネットでいろいろ調べられるので、窓口の一次対応で聞くような内容は、とうに相談者側はリサーチ済のことが多いです。

困っているのはこちらなのに、こういった制度があってこう使えないかと思ってきました、の「こういった制度」をこちらがレクチャーする、窓口の人が上の人に聞いてくる、確認を取る、まで待たされる、そういうことによく遭遇します。

困っている側は困っているのです。
余裕があるわけではないのです。レクチャーしても研修代として頂けるわけではないでしょうし、待たされている間も時間は経過します。

当然、相談窓口というからには、いく側は自分たちより「専門で、解決してくれる」と思っていくのです。
それが時間を浪費したうえに、こちらが教える、何かを許可する権限を持つだけが「窓口」なら「ないほうがこちらも楽」なのです。
エネルギーだけを見て計算してみてください。困っている時点で、すでにマイナス(たとえば-10ほど弱っているとして)で、待たされて(-5)こちらがレクチャー=こちらのエネルギーを使う(-10)のに、解決せずさらに偏見に満ちた言葉を投げかけられる(-15)。

-40になってますね。相談して、ゼロ、せめて心配事が減るか、希望が持てるー8くらいにはなるべき対応をするのが窓口だと思うのですが。


エネルギー換算をする必要のないほど安定しているのであればちゃんと勉強していてほしい

窓口対応の人はたいてい、困りごとが自分ごとになったりしていない、生活も安定している方が多いでしょう。(だから適切な対応ができないという意味ではありません。きちんと理解し、繋いでくださる方々もいます。ただそれが全体ではなく当たりはずれのように運になってしまっているのは問題だと思います)

上のように、一回一回エネルギー換算するようなことはしないかもしれませんが、「がっかり感」「無力感」「やるせなさ」は多くの人が感じているのではないでしょうか。

日々の業務としてこなしているだけで、当事者の共感などはできないかもしれません。それは仕事すべてに共感していたら身が持たないし、わかります。

ただ、せめて必要としている人に必要な情報を、間違った対応をしないための知識を専門機関の人はちゃんと勉強しておいてほしいなと思うのです。もう感情抜きで、知識だけでいいので。

相談者がすべてリサーチ好き、ネット強者ではありません。
窓口でのひとつの言葉や、つなぎ方がその後何年もの人生を左右してしまうかもしれない。
そういう意識を最低限もって対応すべきだと思うのです。

利益を追う教育・福祉関係の民間の会社も困っている人にとっては専門機関

会社というものは利益を追求しなくてはいけないのは理解したうえで、利用者にとってはまずは「専門機関」として自分たちより理解している人たちという認識で、相談なり利用検討なりします。

利益はもちろんですが、教育・福祉の看板を上げている以上、そのイメージで利用者は訪ねてくるわけですが、そこの理解と責任を持たないままに集客しているところも多いですよね。

もちろん、すべてにおいてスペシャリストになることは無理だけれど、自分ところの責任の範囲や周りとの関連性くらいは理解しておかなければ、これまた窓口対応と一緒で、利用者の何年もの人生を狂わせてしまうことがある。

というか、そもそもその視点がないのでしょうね。
「利用者」「相談者」というぞれぞれの事例の対象者であり、「人生をもつひとりの人」との認識がない。

結局、不登校も「弱者の問題行動」として対策を練っているようでは、なにも解決しない。
こどももおとなも「いち個人」として扱っていないので、上滑りの対応になるでしょう。そこに気づくべき人たたちが気づいていない。

その認識がますます濃くなる大人のOPENBASEでした。

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次回のおとなのOPENBASE & Openbase cafe は

12 月 13日 (金)14時~16時 はっち 和のスタジオ1

個別相談や、ご希望テーマがある場合は事前連絡をお願いします。
参加費 おとな1000円 こども500円
(ボランティア団体ではないため、継続のため参加費のご協力くださいm(__)m)
*おこさん参加の場合は、別途学年と勉強アリ・ナシをお申込み時にお知らせください。

専門的なことは専門機関に。
おそらく不登校相談の窓口と、OPENBASEや所属団体イクミナルなどとの違いは、
当事者のプロであるということ。
経験からきたものであること。
その経験を提供することはできるけれど、決定や選択はそれぞれの家庭が決めること・すること。
経験談もうちの正解であっても、他の家庭の正解ではないと思います。
それぞれの正解を見つけるお手伝い、きっかけになればと大人版OPENBASE開催しております。