不登校になったときの地方の現状

社会の流れ的にはだいぶ、不登校というものの偏見は少なくなってきましたが、やはり「将来どうするの?」といった世間からの質問は多く、実際地方にいるうえでは選択肢がまだまだ少ないのが現実なので、現状何ができるのか整理してみました。

多くの場合、小・中は「The 不登校」一択?

明るく学校へいかないで勉強するホームスクーラーにしろ、トラブルからの不登校にしろ、他に行くところがないので扱いは「不登校」となるのかと思います。

いじめなのか、ディスレクシアなのか、発達障害なのか、起立性障害なのか、ホームスクーラーなのか、ギフテッドなのか、先生が問題なのか、HSCなのか。

すごくたくさんの原因を内包しているのだけれど、ひとまとめにしてしまっている。これでは解決したくても解決に行きつかないだろう(学校復帰が解決という意味ではなく)

適応指導教室は現状「学校へ戻るための」システムだから、学校を選ばないけど育を受ける権利を行使したい場合には使えないのかもしれない。

これだけ学校に違和感を感じている家庭が増えて、こどもたちも気づき始めているのに、「学ぶ」は義務でもよいけれど、「学校」が義務ではないことを地域・社会で理解しなくては、本来の学ぶ機会が失われていきます。

名前を「不登校」とつけられたまま、別にこもりたいわけでも、ずっとゲームしたいわけでもないのに、そこに注力するしかないのが現状。(それでも英語やプログラミングを勝手に身につけたり、勝手に学びを得るのでマイナスではないのですが)

フリースクールがある自治体は全国的にはまだ稀。しかもその分出費できる家庭も限られる

学校だけが学びじゃない!
不登校は不登校じゃない!
国的にも理解は進んでいるし、元先生の方が始められる活動だったり、新しい理念の学校だったり、世の中は動いています。
が、やはり地方は動きが遅い。

フリースクールもそんなにないし、仮にひとつあったとして、低学年は別としてこどもだけで通えるような位置(~高校生)には作れない。この時点で学校の利点はあるわけです。

居住地にある「まなぶ場所」。

そして運営する側から考えると、場所・人件費・教材費・周知のための宣伝など維持のためにはどうしても本音をいうと3万―5万の月謝がないと長期的運営を考えづらいのです。もともと土地・建物持ちで別の活動をされていた方が始めるのであればもっと経費を抑えられるでしょう。
なんらかの助成金やビジネスコンテストを活用すれば可能でしょう。

ここで普通の助成金等をつかう場合と違うなと思っていつも手が出せないのは、こどもの活動の場合、おとなの申し込み内容はあくまで「こどもの代弁者」であって、本当に感じていることとは違う可能性があるということ。

おとなが「学びの場所や出かける場所をつくるべき」という趣旨で進めていても、「別に公園でいいし」とか「人と集まるのはいや」と考えている場合もある。もちろん、おとなの方が経験上、これは今やっておいた方が困らないというのも知っている部分もある。だから、間違いではないのだけど、助成金など「どこかからお金をもらう」ということはその申し込みの趣旨「建て前」にどうしても沿わなければならない必要性が出てくる。

自分たちのことであれば、大人なので「本音と建て前」使い分けられますが、こどもたちの動きや心はそういう流れに沿わせようとはしたくないし、そういう運営はしたくない。

となると民間でのフォローのないフリースクールの運営はなかなか難しいということになります。別に助成金などをいただいているところがこどものことを考えていないというわけではなく、「やり方や順序の違い」なだけで真剣度は変わらないと思うのです。

ただ、「いま」なにかを必要としているこどもたちが身近にいると、徐々に積み上げて、たくさんの子が使えるなにかを構築する、ってことは後回しになりがちです。

そして、作っても一部しか通えないと思っているのでなおさらです。

不登校になったら、親のワークライフバランスも変化する

一概にいえませんが、「引きこもり」の場合はおとななので、おいて外出するというのは普通のことです。
ただ、学校がある意味「安全を守ってくれる(いじめなどなければ)保育」の面も現代では兼ねている部分もあることから、学校へ行かないということは、家でこどもをどうするか、誰が見守るかという問題が出てきます。

もちろん年代にもよりますが、低学年であれば
・親の仕事はどうするか
・親戚・両親などはいるか、不登校に理解があってみてくれるか
・日中の外出時は親が必要か
など、家に置いたままにできない年齢でもある問題が出てきます。食事のときは「火を使わないもの」にするとか、社会的に日中外にでたら「学校は?」と言われるので引きこもる、とか。

不登校⇨引きこもり、にしているのは、基本的には「社会」です。(親や学校が原因の場合ももちろんあると思います)
それを防ぐために、親が工夫しているのが現状です。
フリースクールなどもあまりないし、両親・親戚揃っていたり、理解がある家庭ばかりではありません。

働き方を変えたり将来設計を変えたり、こども優先(甘やかしではなく環境をどう作るか)で考えると、どこも理解とサポートを提供してくれるところはありません。
関係のない方が「将来困るよ」とサポート無しのご忠告のみいただくことはありますが。。そもそも、こどもの「不登校を受け入れる」ことをしている家庭がどれくらい配慮や工夫を親がしているか、数値やかたち、成果で見えないのでほとんどの人が知ることがありません。

保育の先生をしながら、家庭の経理をし、普通の仕事をして、タクシーになり、給食のおばさんとして一度戻り、学校との営業・交渉を済ませ、カウンセラー役をしたら、キャリアプランをリサーチし、学校の先生のように進路情報(不登校に特化した)を伝え、可能な人は勉強も教えます。もちろん、それに当たり前のママとしての役割も。

これをしながらフリースクールの余分な出費を考えるのは、ほとんどの地方家庭では難しいのではないでしょうか

学校というシステムは、いろいろ包括しているシステムだということが、行かなくなるとよくわかるのです。そして、おとなにとって「教育を受けさせる義務」はあるけれど、「学校で」に限られていない。
でも、地方にそのほかがない。ホームスクールにしたって、親がプラスαで動かないと進まないこと。

「子どもには学ぶ権利」があるのだけど、学校以外ない。(制度上は認められてますが、現実的に
そしたら、学校内に、学校主導じゃない「学びの選択肢」を提供できる場所を民間に使わせたらいいのに、ってたまに思います。

横浜市で学校内フリースクールがありましたが、あれも一部の子にはいいですが(復帰したい子)不登校全体にはそぐわない。
場所だけ学校(まなぶ権利があるか)動きは自由みたいなかたちができたら、余分な(人件費くらいの参加費で済むような)費用を親が負担しなくても、行く場所があるのになー。
でも、学校自体の雰囲気がNOっていう子も多いので(トラウマなど)そこは民間のように費用が掛からないで、学びの権利を行使できるという意味であれば学校でなくてもよいのだけれど、なかなか難しいところです。