小学生が先生をするスクラッチ教室開講 2月17日(土)! 教えるのはいつも大人側?

ZOOMのおまけ話を書き終わる前に、別の予定が来てしまいましたw

今週土曜日、2月17日にOpenbase(の1活動こども大学院)で

「小学生男子が先生?!プログラミング初級編 スクラッチを使ってみよう♪」
という講座を開催します。

ZOOMの実践について、前回書いたからか「また何か企みやがって。」(笑)と思われるかもしれませんが、この案、実は今年の夏からあったので、先にできていた講座です。タイミングがこの時期しか開催できなかったので、ZOOM実践記より後となりました。

知っている人から教えてもらう  学びの基本

学校では、先生が教え、こどもが学ぶ。
関係がしっかり決まっている。
教科についてはそうかもしれません。でも現代、いろいろな学びの場・機会がある時代で、分野によってはこどもたちの方がよく知っていることも。

社会に出て、職を得る。先に入社している先輩から仕事を教えてもらう。年齢は関係ない。
立場とかの前に、水が高いところから低いところへ流れる自然の法則のように、
「知っているほうが知らない人に教える」
それだけのことなような気がするのです。

ひとりの「個人」としてのリスペクトをもつ

学校内でも職業体験や、社会との関わりを授業として取り入れていることが多くなったように思います。
また、民間でもそういったイベント、活動が増えてきて、机の上だけの勉強ではない分野が増えてきました。
今後、導入されていくアクティブラーニングでは、「対話」も多く取り入れていくらしく、「関わりながら、実践しながら」の能動的な授業になってきているようにも見えます。

未成年は、責任を持つような大きなことはできない。大人主導のカリキュラムはどうしても、管轄する側・体験させてもらう側という、大人の「あなたたちはこういうことやったらいいのよ」というレールが、(深層心理での)信用のなさがすけて見えるような気がします。

大人とこどもは確かに全く一緒ではありません。社会の事情も、法律も、大人のほうが知っているのは当たり前。
だからと言って、おとなと子供に階級差があるわけではないと思うのです。自分の親、という点では生活を世話してもらっている、という関係は存在しますが、社会全体のこどもに対して、<いうこときく側である>という認識は間違っていると思うのです。

大人の権限や立場を支配ではなく、こどもが失敗してもフォローできる力やスキルに使う。
「自分で責任取るならやってみろ」
とこどもたちに言える大人になる。こどもを支配・管理する対象ではなくて、ひとりの人間として信頼して、責任を取らせる。
そして、大人対オトナとは違う点は、責任は「こどもとして取らせてあげる」。(社会的な責任は大人が負う)
大人がその覚悟をもって、任せたとき、こどもは(人はかもしれない)自分の力でどんどん進んでいけるのだと思うからです。
的確なアドバイスや情報提供できる大人が身近にいることは必須条件

こどもだから、計画だてられない?
こどもだからやりきれない?
こどもにはまだ早い?

失敗するかも?(成功だけが目的?)
そんな力ない(全部知ってるの?)
完全にできない(どこまでいったら完璧?)

こどもの心配をするより、こどもたちに自由に挑戦させられる社会を大人自身が作り上げていく方にエネルギーをかけたら、
もっと住みやすい日本になるのだろうなと思います。

そんなこんなで、やってみよう(^^♪
私も、プログラミングは「知らない」ので「教えてもらう」側です!