不登校という選択は学校と並ぶべきだけど、越える必要はないと思う件について(個人的意見です)

不登校に対する社会の動き

国の方でもフリースクールに対する予算とか社会は進みつつあります。
が、そもそもHSP始点であろうが、いじめ始点であろうが、先生問題視点であろうが、学校を選ぶようには「学校に行かないこと」は現状選べていません。

学校に戻すことを目的としないにしても、勉強という意味でだけではなく、その代替としての機能を果たす場所がないのが現実です。フリースクールや居場所も広がってはいますが圧倒的にリソースが足りないのではないでしょうか。

なにスタートであろうが、学校以外の選択をできるという安心感があれば、そのまま学校に戻るにしろ、親子ともに頭を柔らかくして悩めるます。

学校 or 不登校。
To be or not to be のような究極の選択のように義務教育に対する選択を迫られるのはいま考えるとおかしいこと。「学校に戻したい」としたって、結果追い込んでも戻る数値はそうそう上がっていなかったはずです。

人間、そもそも安心・安全が担保されなければそこへ行こうとは思わないからです。それは自己防衛スキルとして大事なこと。批判されるべきことではありません。
学校復帰を目指さない。一歩進んだ結果とは思いますが、それ以前に、自分を守るという意味で学校・学校外どちらが合うのか、それを選択できる環境は必要だし、そのふたつの選択肢の強さが同じ強さでなくてはならないと思います。いまは学校を経たロールモデルが圧倒的に多いので、今後「学校外発のロールモデルの活躍」が増えることで、選択肢のもうひとつ「行かない」という部分は社会的にはすこし認められてはいくのかなと思います。(成功したロールモデルだけが必要という意味ではなく社会で弱者扱いされないチカラを持つには、という視点に限ってのことです)




学校の合理性

居場所等を続けていると感じるのは、

・学校が合わない子が一定数どの時代でもいること(協調性とかの問題ではなく他の選択肢の方がのびる)
・教える、なにかを開催することに対しての学校のシステムの合理性
です。

たまにこれいらなくない?という行事があったり、惰性で続いているものもあったりしますが、そういうものってたいてい文科省で決められている部分ではなくて、校長裁量の部分だったりするのでそこは各地域・各学校によるとおもうのでふれず。

学校と同じように(内容は違うにしろ)イベントを開催したり、各教科を教えようと思うと、まずマンパワーが外部では足りません。
学校と同じ教えかたをする必要はないですが、仮に全教科を受験レベルまで教えようとするとそれもまた(教えられる)大人が必要になります。そして、教えかたや行事開催の流れやシステム化、評価システムが確立されている学校って、合理的だなと感じるようになるわけです。

もちろん、時代の流れにそって学校も(大部分のこどもが通うわけだから)変化していくべきだとは思います。ただ、学校経営というかシステムというか、そういった部分はやはり長く続いていくうえで確固としたものになっているのだなと思うのです。

 

居場所の現在地

というのも最近、「居場所・フリースクール」という言葉が一人歩きしている気がするからです。

地域活動やイベントなどを行いつつ。コミュニティにとりあえずフリースクールと追加されているところが多い気がします。もちろん、まだコンセプトがはっきりしてなくて漠然とこどもたちも集える場所になったらいいなという意味で追加されているのだと思います。

おとなは何か目的のために集まりコミュニティを作るのは自由だと思います。社会に出た責任をもつ1個人だから。自分の意志で参加しているわけなので。

ただこどもに関しては、誤解を恐れずに言えば、一種の宗教感覚にならないように注意はしなければならないと思うのです。(それはホームスクールも紙一重ですが、自宅=家族なので、家族は学校の有無関係なしに属しているものであり学校に行く行かない関係なく親の影響は受けるので)

そこに集う大人たちのポリシーがよくもわるくも吸収されてしまうというか、それだけ多様な人があつまるコミュニティであればよいのですが画一的な場合は学校よりも多様にふれる機会が減る可能性もある。
大人はよいのです。画一的(というかテーマが決まっている集まり)はそれを求めて選んできているから。

こども時代のまだ模索中、成長中の場合はやはり「学びの場」というのはある程度、社会を見通して作らないと、よく世間のいう「社会に出てから困るよ」に繋がってしまうリスクもかくれていると思います。

ただ集まる、だけではなく何かしたらの先見性が必要。ただ居場所だけが増えていく現状に少し困惑しています。




継続性という問題

大にとっては、ノリでできた期間限定コミュニティであってもいいわけですが、こどもにとっては「成長の場」「吸収の場」「学びの場」を兼ねている。

そして、安定した場が必要で継続が必要となります。そういう意味での学校の継続性は否定できず、民間の場合はよっぽどリソースの集め方・使い方がうまいか、想いが強くないと「こどもに良い状態で継続」は難しいでしょう。

作るだけなら簡単。
問題は継続性。
居場所やフリースクール、と言えばサポーターが集まるような、そういう逆差別というか、弱点活用のような出し方は、そこに集うこどもたちを考えたら得策ではないのではないかなと思います。
もちろん四の五のいわずに、まずはできることを!というやり方もあります。

ただ、こどものことを大人が活動している段階で、「そもそも本当に必要なこと」なのか「大人が必要と思っているだけのことなのか」には気をつけなくてはならないなと常に思います。
そのうえで、こどもや現状がどうであろうが、大人として未来に向けてやらなければならないであろうこともあります。

居場所やフリースクールがたくさんできているけど、それだけの人材が確保できているか、専門性が必要なこどもの参加は誰が対応するのか、学校にもたくさん問題はあるけれど、システム化はされている。

居場所やフリースクールも、本気で学校と肩をならべた選択肢になるには、ここらへんでもっと「感情で」ではなく「論理的に」運営していく覚悟を決めていかなければ、こどもたちの時間を無駄に使ってしまうことになりかねないのではないでしょうか。


久しく公表しては開催していなかった OPENBASE cafe & おとなの不登校理解勉強会
11月8日(金)午前中 はっち和室(エスカレーター側)にて開催します!

個別で相談したい方は事前に予約をお願いします。MAX20分まで人数が他の参加者さんとのバランスをみながら個別対応可能です。

参加費 おとな 1000円  こども(小4~中3) 500円 

こども対応のOpenbase cafe も学習希望の場合は、事前に予約をお願いします。(プリント等用意が必要なため)

今後の予定や、詳細随時HPやFBにてお知らせいたします。
ご質問等はお問い合わせ もしくはopenbase8nohe@gmail.com までご連絡ください。

*ボランティアスタッフも同時募集中♪ 関心のある方はメールでお知らせください*